代表より求職中のみなさまへ

数ある保育園の中から、わざわざ私たちのみらいえ保育園のページをクリックしていただき、ありがとうございます。

 

今このページをご覧いただいている方は、保育園への就職・転職をお考えのことと思いますが、どこで働くかはかなり悩まれると思います。特に正社員でお考えの方は、人生を預ける会社を選ぶわけですから、大変な重い選択だと思います。

 

どの会社の採用ページでも「うちはいい職場です!」と書いてありますが(当園もそうですけど)、自分に合うかどうかは別問題です。ですので、当園ではまずこちらから当園の考え方・方法をしっかりご説明させていただきます。(「あなたの保育観は?」とか難しい質問はしないです。)更に実際の保育を見ていただいて、納得の上で入社を決めていただいています。その方が双方確実です。

 

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保育園は小さな子どもたちが生涯にわたる人間形成にとって極めて重要な時期にその生活時間の大半を過ごす場所になりますから、われわれ保育者の責任は重大です。とても長い時間を過ごす場所だからこそ、園も子どもたちの家のようでありたい、それがみらいえ保育園という名前の由来です。もっとも、子どもにとっては「いえ」でありたいですが、大人にとってはあくまでも仕事なので、単にのんびりマッタリやっている訳ではないです。(そこをご期待の方はすみません。)

 

ところで話は変わりますが、遠からず「ベビーシッターロボ」ができるんじゃないかと思います。ロボットが子守りをする。声・言い方・言う内容はママから朝晩土日に自動学習(もー早くしてー、とか)。動作は多少ぎこちないけれど、知育ゲーム500本とわらべうた童謡1,000曲内蔵。外国語レッスン機能。食事授乳機能。ナデナデトントン機能・・・これだけ入ってお値段はなんと1,980,000円!今なら金利0%キャンペーン中60回(つまり5年)分割払で月々3.3万円!(つまり保育料並み)さあお母さま、ぜひこの機会に使われてみませんか?(ジャパネ●ト風) とか。
 

ロボットにオムツ交換は難しいかもしれません。しかし、将来オムツ業界で技術革新が起き、コンタクトレンズよろしく「1DAYパン●ース」「2WEEKSム●ニー」とかできるに違いありません。しかもエコ。オムツ革命。とか。

 

馬鹿馬鹿しい話に聞こえるかもしれませんが、一部機能を持ったロボはもうあります。(Social Robot “Educational Partner”)食事介助やナデナデトントン機能が追加される日も近い(断言)。そしてオムエボ(オムツ革命)が起きて待機児問題は完全に解決します。わざわざ保育園なんか行かなくてよくなるので。
 

ということには、当面ならないと思います。保育園は家(&ロボット)と比べて発達刺激がこの上なく豊かです。子どもに最適化された遊び・生活の環境と「遊びを通した学び・育ち」を保障することが保育園や幼稚園の存在意義であって、ロボットだけではしばらくは無理ですね。(50年後とかは知りませんけど)

 

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保育は環境を通して養護と教育を一体的に行うものです。大人が子どもに「やってあげる」とか「やらせる」のではなく、子どもの方から環境に働きかけるように誘導(by倉橋惣三)しなければなりません。ですので、こういうことがしたい方や、今もやってるけど職場がイマイチだという方はうちに来た方がいいです(断言)。
 

ただ、小さな子どもですからやはり大人が愛情深く関わってあげることも当然必要で、その状況判断が難しいわけです。関わらなくいい場面、関わらなくていいところまで関わったり(過干渉)、逆に関わり不足やほったらかしでは困ったことになります。例えば乳児の運動発達で「縁石の上を歩く」「高いところによじ登って立つ」「飛び降りる」とかあるわけですが、これを発達と捉えるかただの危険と捉えるかによって保育者の関わりや保育の在り様は大きく変わってきます。無論、子どもごと、場面場面で判断する必要があるわけで、なんでもかんでも危ないと禁止してしまったら遊びになりませんし、運動能力も危険回避能力も身に付きません。かといって子どもの発達をまるで無視して好きにさせ放題でも危なすぎます。リスクとハザードを分別した上でここまではOK、この先はNG、このラインをしっかり引いていくのがプロの仕事ですし、そのためにも、子どもをつぶさに見て発達とか特性を具体的に把握する必要があります。
 

ただ、子どもをつぶさに見るというのもこれまた意外と難しかったりします。なぜなら、私が思うに保育士をやっている人というのは大抵真面目なので、少しでも手が空くと「片付けでもしようかしら」とかやたら働こうとするから笑。ですがそういうのは不要です。子どもを見て、「ずいぶん一人でがんばってるな」「びっくりしてるからギューってしてあげよう」「ひっくり返ったけど何とか自分で立ち直ったな」「ちょっとのヒントでずいぶん発展したな」とか、つまり子どもたちの学びや育ちを見取っていく。そして、それを次のより良い環境につなげて、子どもがより遊びに向かっていくような好循環を作る。こういうのが保育だと思います。保育園ですからケアとか生活は大切ですが、それだけでは保育とは(今は)言えないでしょう。
 
自分で立ち上がろうとしている子を大人が引っ張り上げても、それでは自分で立ったことにはなりません。野菜が嫌いな子どもに「食べなさい」と言ったところで、まず食べない。「お部屋では走りません」と口で言うだけでは、子どもは止めるどころか更に爆走する。いちいち口を出したり手伝ったりというのではプロ(保育士)の仕事とは言えないでしょう。そうではなくて、子ども自身が立ちたい、野菜食べてみたい、立ち止まらずにはいられない、そう思えるように人的・物的環境を構成することがわれわれプロの仕事です。そういう丁寧なお膳立ての下で子どもは最高の笑顔を見せるし、健やかな心身の発達もぐんぐん促されるように思います。
 
 

で、お膳立て及びその改善が繰り返された果てに、子どもたちはあらゆることを自分たちでやるようになり、われわれの仕事は書類書きと掃除以外なくなる笑。
 
 

いや、冗談ではなくて、そういう状態に近づくことはできると思うのです。子どもが自分から動いて何かをし(ようとし)ているところに、大人が余計な手出し口出しをする必要はないし、むしろしない方が良い。やたらに抱っこするとか膝に乗せるとか、マンツーで付きっ切りで一緒に遊ぶとかでもないでしょう。子どもの特性や発達に応じた環境を周到に用意して、子どもが自ら環境に働きかけるよう巧みに誘導していく。もっとも、園庭がない、室内もすごく広いわけではない、そんな都市部ならではの制約もある中、子どもにふさわしい環境はわれわれの手でゼロから全て作りあげなければなりません。どこをどう構成し、どのように見直すか、一々考えないといけない。しかし、この大変さこそ保育の醍醐味だし、その中で見取っていく子どもの学びや育ちこそ保育のやりがいではないかと私は思います。

 
 
もうお気づきと思いますが、当園が目指しているのは保育所保育指針に丁寧に実践することです(当たり前ですけど…)。指針とそれに基づく各園の保育課程が現場でどれだけ重きを置かれているかは園によってさまざまと思いますが、うちでは憲法です(当たり前ですけど…)。したがって、当園が入社されるみなさんに求めることは、突き詰めると「保育所保育指針と当園保育課程に沿って保育をしていただく」というただ一点に尽きます。全ての土台となる養護を丁寧に丁寧にして、その上に環境、遊びを通した教育(早期教育や習い事系とかのことではありません)をきちんと乗せていく。無論、指針や課程に沿ってさえいれば保育がオートマチックに良くなるわけではなく、子どもたち個々の姿を踏まえて、柔軟にねらいや活動を構成していかなければなりません。時にわれわれ自身の感情コントロールも必要でしょう。そういったことをきちんとやっていくために、知識と技術、責任感や使命感、それらを基にした試行錯誤(決断)が必要になるわけで、まさにそこに保育者のプロフェッショナリズムが求められます。展望も具体的計画も要らない一時の子守りなら誰にでもできるかもしれませんが、長期にわたる連続性を前提とした、発達の展望、子どもの学び・育ちの見取り、それに基づく計画と実践、これらはプロだからこそできる「匠の技」でしょう。(一般の方にはなかなか判ってもらえませんが…)
 
 

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ところで、目指す保育がなんであれ、書類や行事や制作や会議に追われてもう倒れそうといった「保育園あるある」状態だと、絵に画いた餅に終わってしまいます。そういう状態にならないようにしないといけません。
 
仕事のムダな大変さを減らす秘訣は、①「やること」とあわせて「やらないこと」も決める ②仕事は時間を決めてその中で必ず終わらせる ③やりにくいな、難しいなと感じたやり方やルールはすぐ変える  あたりかと思います。「仕事の負担」=「割り充てられた仕事量」÷「自分の処理能力」ですから、分子の方の仕事量を元から少なくしておけば負担は減ります。これが①。ただしこれだけでは問題は解決しません。例えば連絡ノート1冊に10分とか週案に3時間とかかけていては就業時間中に終わるはずはないわけで、自分の処理能力を高めると同時に時間を決めてその中で(可能な限り高いレベルで)終わらせないと仕事とは言えません。これが②。 ③はわたくしの性格。
いずれにせよ、当園の先生たちでは「前の園より楽」と言う人が多いので、まあそういう風になっているのかな、と思います。
 

ただし、「保育の仕事は大変ですがうちは負担が少ないです!(だから来てね)」というだけの安易な発想はありません。例えば吉祥寺・小金井の4園は0~2歳児をお預かりしていますが、ここでは運動会や生活発表会的なことはしていません。が、これは面倒だからやらないということでは全くなくて、行事というのは日々の遊びや生活のなかに仕込んでプロジェクト的に展開していくことが重要だと思いますが、それに0~2歳児がどこまでついてこれるのかについてまず考える必要が出てきます。2歳児なら多少は行けるかもしれません。1歳児には難しいように思います。0歳児は不可能でしょう。あと、発表する以上はママパパに良いところをぜひ見てもらいたい。ならばしっかり仕上げなければ…という話になるわけですが、それで出来栄え至上主義などに陥ったらえらいことになります。そういったことなどを踏まえ、乳児では「やらない」と決めた次第です。(幼児ではやります。)
 

保育という仕事は「子どものために」という大義の下、オーバーワーク(準備が多すぎるとか書類が大変すぎるとか)になったり、優先順位の取り違え(行事とか勉強に力を入れてるけど普段の遊び・生活が雑とか)に陥る危険がけっこうあると思います。しかし11時間以上も開所している中でできることには限度がありますし、子どもにとっての意義を感じられずに燃え尽きて灰になってしまう人も少なくない。保育者が灰なら保育の質もたぶん灰です。こういう悪循環は私は絶対にイヤです。子どもにとって真に有意義なことを、われわれにとって望ましい職務環境の下で実践していく、ここがプロの腕の見せ所だと思います。

 
 

 
毎日の「何事もない」生活を目いっぱい豊かにすることに集中したいと思います。
そしてしっかり子どもを見る。しっかり見るから相応しい関わりや環境構成ができる。
そんな中で、子どもたちは実に躍動的に遊び、目を輝かせ、時に集中し、そして最高の笑顔を見せる。ここに保育という仕事のやりがいがあると思います。
 
大人が子どもにやってあげる保育、大人が子どもにやらせる保育ではなくて、子ども自身が環境に働きかけていく保育。そういう普通な保育をしたい方は、うちに来たほうがいいです。(キッパリ断言)
 
 

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長たらしい文章を粘り強くお読みくださり、ありがとうございます。
(社内から「長すぎて誰も読まない」「逆に応募がなくなる」「忍耐力でも試しているのか」などの批判が多く、これでも短くしたのですが…)

 
お越しいただくからには、長く勤めていただきたいと思います。
できれば最後の転職となりますように。

 
 
応募条件は「明るく元気」「みんなとゴキゲンに働ける」ことです。いっつもやたら高笑いするような方は向いてます。「勉強好き」だと更にバッチリです。
私が言うのもなんですが、どの園もよくもまあこれだけ素敵な先生が揃ったもんだとしみじみ思うような人たちばかりです。安心して働けると思います。
偉そうなことを言っているわたくしについてはお会いした際に皆さまご自身でご判断ください。
 
 

まずはお気軽にご連絡ください。みなさまとお会いできることを楽しみにお待ちしております。